【小石川中等教育学校】伝統の「立志・開拓・創作」を令和に問う Vol.1
edu Polaris 第16号(2026年7月5日発行)掲載
取材・文/鈴木隆祐 写真/松沢雅彦 鈴木隆祐
小石川中等教育学校は、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)指定校として理数教育に定評があるが、その真髄は受験に閉じない「探究の連鎖」にある。授業で培った思考力を武器に、学術・文化・スポーツと自ら領域を広げ、変容し続ける生徒たち。校舎の至る所に知的好奇心が溢れる、同校の現在をリポートする。
「3つのC」が巻き起こす自発性のトルネード
小石川中等教育学校があるのは文京区本駒込。江戸時代には諸藩の下屋敷や武家屋敷が立ち並んだ、落ち着いた気配が漂う一帯だ。そんな、まさに文京地区の只中に置かれた同校は、前身を1918年創立の東京府立第五中学に持つ伝統に加え、2006年に都立中高一貫校の先駆けとして開校後も、独自の教育思想を持つ名門として歩み続けている。
それは受検生や保護者からの変わらぬ支持の厚さからもわかる。都立校としては稀有の、創立以来のモダニズムと現代の教育ニーズが合致した、幸福な結びつきが同校にはある。25年に着任した小林正基校長は、竹早高校や駒場高校での校長職、さらには学校経営支援センターから多くの都立校を俯瞰してきた視点を持って、同校のポテンシャルを次のように語る。「私は『3つのC』――チャンス(Chance)、チャレンジ(Challenge)、チェンジ(Change)が循環してこそ良い学校だと考えてきました。小石川に来て驚いたのは、実質的な創立者である初代校長の伊藤長七が100年以上前に掲げた、『立志・開拓・創作』という理念が、まさにこの3つのCと合致していたことです」「立志」はチャンスをつかむきっかけであり、「開拓」は自ら踏み出すチャレンジ、そして、「創作」は新しい自分や価値を生み出すチェンジである。伊藤が掲げた古からのキーワードを現代的な「自発性のサイクル」として、小林校長は捉え直す。そして、このサイクルを健全に回すために最も腐心しているのが、学校空間における「マウント」の排除だ。
「学校がマウントを再生産する場になってはいけない。例えば、先生の言う通りにやっていれば点数が取れるといった指導や、やりたいことに逐一許可を求めるような関係性。これは大人という上位の立場から押さえつけるマウントです。このような抑圧がある場所では、生徒の自発性は育ちません」
私はこれまで何度か小石川を取材し、都立の中でも同じ中等教育校の桜修館(元は都立大附属)と並び、私立っぽさを感じる学校だと常々思ってきた。桜修館も川田正澂という進歩的教育者が前身の旧制府立高校の初代校長を務めている。すなわち、リベラルさにおいて同根。
訊けば、小林校長は自由な校風の中高一貫校の出身だという。だから、考え方が柔軟なのだ。「私は自分を『校長係』と考えています。校長は決して偉くもなく、決済や代表挨拶という役割を分担しているだけ。現場の先生たちが最善の状態で授業に打ち込み、生徒が良い経験をできるよう、後ろからサポートするのが私の役目なんです。大人が上からマウントを取るのをやめ、上昇気流となる追い風を吹かせてあげる。そうすれば生徒は軽やかに上っていけます」
そして生徒には、周囲から「クレイジー」と思われるほどの、熱狂的な意気込みを持ってほしいと小林校長は言う。それがいわば4つ目の“C”。そして、その熱源があれば、「自発性のトルネード」は勝手に回っていく。
小石川では総合的な学習(探究)の時間を「小石川フィロソフィー」と呼ぶが、校長も確固たる自身の教育哲学を持っている。だからこそ、学びに必要な「壮大な計画的無駄」を肯定できるのだ。
「最短距離で正解に辿り着く効率性だけを求めるのは、もはやチャンスの提供ではなく、ただの押し付けです。それでは生徒は骨太になりません。サイン、コサインなんて日常生活で使わないから無駄という人もいますが、それは『やらされている』からです。小石川でなら、多様な無駄の中から自分なりの学びのパターンを見つけていくトレーニングができる。この試行錯誤のプロセスこそが重要なんです」
校内には既存の型に嵌まらない自由な空気が流れる。中学段階から物理・化学・生物・地学の専門教員が指導する体制も、生徒をスペシャリストへの憧れに誘う仕掛けだ。この知的エナジーが渦を巻くとき、大学合格実績も狙って出すものではなく、豊かな学びの後に残る、鮮やかな副産物へと変わるのである。
日本屈指の古典英訳 を読んでプレゼン!
小石川は06年よりスーパーサイエンスハイスクール(SSH)の指定を受け続けているが、国際理解教育にも同じように力を入れる。その英語教育の一端を垣間見るべく、まずは3年(中3)の教室を訪ねた。1クラスを2つに分けた少人数制による、日本人教員とALT(外国語指導助手)のチーム・ティーチング。
この日行われていたのは、原書を用いた「ビブリオ・バトル」。4人1組となってそこから代表を選び、隣のチームと本のお薦めプレゼンをして競い合う。生徒たちの手元には、校内の図書室や地元の図書館から各自が選んで持ち込んだ洋書が並ぶ。中にはルビで難しい単語に訳のついた、講談社ルビー・ブックスなども見受け、興味をそそられる。
ALTはイギリス人のソフィアさん。国支援のJET事業により招聘されたが、生徒たちに向け、自身の愛読書を熱心に紹介していた。
「日本の小説家では小川洋子が好き。英語に訳しても美しい文章だから。初めて読んだのがこの『ミーナの行進』です。いつか彼女の小説を日本語でも読んでみたいな」
イギリスの名門大学でフランス語とスペイン語を学んだソフィアさん。当初は英語でインタビューしたが、私がつぶやいた日本語に即反応する。日本に来てまだ2年だが、かなり流暢な日本語を話すのだ。
「きっと多言語を学んできたからでしょう。スペイン系ハーフなので、スペイン語は元からできます。他に小川洋子の小説で読んだのはSFっぽい『密やかな結晶』、代表作の『博士の愛した数式』ですね」
生徒たちは自身が選んだ本の訴求ポイントを配布プリントに英語で書き込む。『平家物語』の英訳本を手にした疋田君の表情はとりわけ真剣だった。その英会話の極めて滑らかな発音とイントネーションで、帰国子女だとすぐにわかる。訊けば「幼稚園から小学1年まで3年ほどアメリカにいた」そうな。
「おそらく母親が僕に読ませようとしたのか、日本史の漫画が家に置いてあって、それを読んでから先、歴史好きになりました。日本に帰国後、しばらく馴染むのに苦労したので、よけい歴史に関心が持てたのかもしれません。『平家物語』では安徳天皇の最期の場面と、やっぱり序文が好きです」そう言って疋田君は「祇園精舎の鐘の声」と朗々と唱え出す。「The sound of the bells echoes through the monastery at Gion Shoja …」、と英語でも同様に誦そらんじられていた。ソフィアさんと同じく、多言語環境に身を置いてきた背景が高い語彙力と表現を支えている。こうした学習環境について、パートナーを組む杉山教諭は次のように付言する。
「一貫校には高校受験の心配がなく、2年ごとに段階を踏んでレベルを上げられます。最初の2年は流暢さ(fluency)、次の2年は正確さ(accuracy)、仕上げの2年は複雑さ(complexity)に重きを置いています。なぜComplexityかというと、大学入試問題でも社会的なトピックをよく扱うからです。生徒には日常からコンフォートゾーン(快適域)に甘んじず、それを打破してほしい。この学校には確かに3つのCが体験できる土壌があります。5年の夏には全生徒参加のオーストラリア研修旅行という大きな“非日常”も控えていますから」
英語を単なるスキルに留めず、あえて「複雑」な事象へ踏み込み、未知の領域を開拓する動力源と捉えているのだ。この姿勢は小石川のどの授業にも通底している。
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2021年~2025年までは、『my TYPE(マイタイプ)』という誌名で発行してきましたが、この2026年3月から会社名を「ONETES株式会社」と改めたことにともない、誌名も『edu Polaris(エデュポラリス)』と改称しました。
Vol.2につづく
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