【小石川中等教育学校】伝統の「立志・開拓・創作」を令和に問う Vol.2
edu Polaris 第16号(2026年7月5日発行)掲載
取材・文/鈴木隆祐 写真/松沢雅彦 鈴木隆祐
小石川中等教育学校は、SSH(スーパーサイエンスハイスクール)指定校として理数教育に定評があるが、その真髄は受験に閉じない「探究の連鎖」にある。授業で培った思考力を武器に、学術・文化・スポーツと自ら領域を広げ、変容し続ける生徒たち。校舎の至る所に知的好奇心が溢れる、同校の現在をリポートする。
言葉の仕組みを知り 知の伏線を回収する
杉山教諭が英語の仕上げ段階に挙げた「Complexity(複雑さ)」。社会的な難題についても英語で思考できる土台には、当然、国語や歴史の授業との相関関係がある。いかに情報を整理し、構造を捉える学びを身につけるかが問われる。
飯塚教諭による1年国語では、スクリーンに1941年発行の小学2年の国語の国定教科書「よみかた」の一部がプロジェクター投影される。生徒の手元にあるプリントには、表面に現代仮名遣いの五十音図と前記「よみかた」が、裏面に宮沢賢治『やまなし』などの歴史的仮名遣いのテキストが印刷されている。
『やまなし』は「クラムボンはわらつたよ」の一節で始まる幻想的な童話だが、光村図書の教科書・小6「国語」に長年採用されており、なじみのある生徒も多そうだ。生徒たちはまず、空欄のある五十音図に歴史的仮名遣いの文字を自ら書き込み、文字と音の対応を整理し、その上でプリントのテキストに丸をつけていく。この作業は今後に控える古文を読み解くための確かな導入となるのだ。
一方で5年の「文学国語」は格段の進歩を見せる。この科目は小説や詩歌、随筆といった「文学的な文章」を対象とし、表現や背景を深く味わい批評する力を養う。現行の学習指導要領で新たに設置されながら、2032年の時期改訂では再編成を余儀なくされている。もっとも、小石川ではその目的にまさに即した、大学レベルの講義・演習が行われていて驚かされる。
担当の伊藤教諭は大学卒業後に書道教室を主宰していたが、教え子たちに接するうちに現代の教育事情に関心を持ち、学び直して国語の免許を取得したという経歴を持つ。自らを「異端」と認める彼女の視点は、2つのテキストを構造的に分析する授業スタイルに結実していた。
比較される題材は中島敦の『山月記』と、そのオリジナルである唐の時代に成立した『唐代奇伝』中の「人虎伝」だ。変身の動機や結末の差異を分析的に対照化し、それぞれの作品の本質を浮き彫りにしていく。伊藤教諭が繰り出すアカデミックな言辞に、生徒たちは食らいつくのがやっとの様子だが、事後に私が質問をすると、半ば当然のように伊藤教諭はこう答えた。「今すぐに全てを理解しきれなかったとしても、ここで得た問いは、いつか大学や社会に出た際に必ず繋がります。授業の中で伏線を張り巡らせておいて、後の授業で一気に回収にかかりますが、その時、気づけたことに生徒たちは喜びと満足を感じているようです」
目先の正解を出すことよりも、問いを抱え続けることの意義を強調する伊藤教諭の言葉には、独自のキャリアを歩んできた者ならではの説得力が宿る。
また、鈴木教諭による3年歴史の授業では、産業革命から社会主義革命に至る経緯が、パワーポイントを用いて手際よく解説されていた。印象的だったのは、鈴木教諭が促すと、生徒たちが迷うことなくプリントの裏面を使い、各自のスタイルで表を書き込んで情報を整理していた姿だ。流れるような授業スピードの中でも、誰一人惑うことなく、自分の手で情報を整理できている。まさしく小林校長が説く、生徒の誰にでも内在する「自発性」が動き出す瞬間だった。
検査結果から症状を診断 医師になり切る5年生物
小石川の強みはSSH指定を連続して受けているだけあり、やはり理系にある。生物室では2年生が顕微鏡を囲み、植物の組織と向き合っていた。この日のテーマは、ツユクサ(単子葉類)とヘラオオバコ(双子葉類)の比較観察だ。
教材となる植物にも、小石川らしい背景がある。これらはこの日の指導担当の澁谷教諭と組む、原教諭が所有する埼玉県内の畑に生えていたのを採ってきたのだとか。栄養がいいせいか、どれも目を見張るほど大きく育っている。澁谷教諭は語る。
「『私は意地が悪いから』とわざと用意したように生徒には言いましたが、ヘラオオバコは双子葉類固有の主根が見つけづらく、そこから生える側根がまるで単子葉類のひげ根に見えてしまうんです」
そのせいか、双方の植物の根の観察に余念のなかった清水君も困り顔だ。教科書の見本のようにスケッチができないからだ。やがて生徒らは教室背後のロッカーから顕微鏡を取り出す。
「本校の顕微鏡には光源内蔵の最新型と従来型が混在しています。出席番号順にシャッフルし、毎回座席が変わるので、機材が平等に行き渡るだけでなく、固定のメンバー以外とも協力し合えるようにしています」と澁谷教諭。その最新顕微鏡を前に「生物は不得意」だとこぼす清水君だったが、維管束を覗くために茎をカミソリで切る作業に移行した。「1年から数えれば5回目ぐらい」というが、今回は会心の出来だったようで、顕微鏡を覗き込んで嬉しげに声を上げた。
「今までで一番上手くできました。見てください!教科書に載っている写真みたいに綺麗でしょう。これも澁谷先生の指導のおかげです」
観察が成功した勢いで有頂天となり、次の学習へと向かうその姿は、いかにも中学生らしい可愛げに溢れていた。実物を自分の手で捌き、その構造を確かめる。こうした地道な観察の積み重ねが、生徒たちの理系的視座を養っている。
では、その成長ぶりを見届けるに如くはない。5年の「アドバンスド生物」の教室では、実験とは趣の異なる光景が広がっていた。
「今の時間は診察ロールプレイングをしてます」と言う佐野教諭の言葉通り、行われていたのは医療現場でのシミュレーションだ。佐野教諭は獣医師免許の資格も持っている。
生徒たちは4人1組となり、医師役を交代しながら、提示された症例の特定と患者への説明に挑む。配布された資料には、主訴や初診時の基礎検査データ(血圧、心拍、血液検査、尿の状態など)が詳細に記されている。医師役の生徒に課されるのは提示された数値や画像から、考えられる疾患のリストを考えること。さらに医療現場における事典のような『イヤーノート』など医学専門書を読み解いて、症状の特定と治療方針を固めていくプロセスが眼目だ。
ある女生徒は自分に割り振られた「胸痛を訴える58歳男性の喫煙者」の症状を、「狭心症か肺がんの疑いあり」と診断した。「以前『ブラック・ジャック』を読んだけど、現実にはあんなにズバリと診断結果を伝えられません。患者目線でどう伝えれば不安解消になるか、考えながらが難しかった」
そして、これは彼女にとっての“3C”を象徴するような授業でもあった。
「こんな授業がまずチャンスですよね。クラスも高校課程からすぐ文理に分かれないので、いろんな分野に手を出せる。選択肢を広く持てるのもチャンス。だから必然的にいつもチャレンジしてるし、硬式テニスの部活を通じてもそれは同じ。大会に出て勝ちたいですから。進学は生物系に興味があるけど、医療系も楽しそう。あ、これがまさにチェンジですね(笑)」
5年「アドバンス化学」が展開される化学室では、エチレンの製法と性質を調べる実験が行われていた。生徒たちの動きは極めてスムーズで、用意も片付けも早い。その分、蛯原教諭は実験後の解説にたっぷりと時間を割く。モニターを使って化学反応式を解き明かすうちに、教諭からこんな言葉が飛び出した。
「もっと詳しく知りたい人は、大学の有機化学の教科書を読んでみてください」
高校の枠を超えた問いかけだが、小石川ではそれが日常茶飯のようだ。蛯原教諭に確認すると、「SSHの予算で図書室にたくさん本を入れてもらった」とのことだった。
理科室で自ら手を動かし観察や実験をし、それゆえに自分なりの疑問を抱き、その答えを求めて図書室の専門書へと向かう。小石川の理系教育には、無邪気に顕微鏡を覗く低学年から専門資料を読み解く高学年に至るまで、つねにこれら営みが循環している。
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2021年~2025年までは、『my TYPE(マイタイプ)』という誌名で発行してきましたが、この2026年3月から会社名を「ONETES株式会社」と改めたことにともない、誌名も『edu Polaris(エデュポラリス)』と改称しました。
Vol.3につづく
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