学校特集
桐朋女子中学校・高等学校2026
掲載日:2026年5月14日(木)
「こころの健康、からだの健康」をモットーとし、問題解決能力や創造力にあふれ、主体的に自らの人生をデザインできる人材を育成している桐朋女子中学校・高等学校。「桐朋女子の6年間の学びが、人間形成にどのように役立っているか」というテーマで、前日に卒業式を終えたばかりの2025年度卒業生の赤羽 紬さん(写真右)と石黒奈菜美さん(写真左)にお話を伺いました。
⚫︎出席くださった卒業生:
赤羽 紬(あかはね つむぎ)さん(2025年度卒82期/赤/体育祭委員会委員長) 京都大学工学部理工化学科1年
石黒 奈菜美(いしぐろ ななみ)さん(2025年度卒82期/赤/文化祭委員会委員長) 日本歯科大学生命歯学部1年
コロナ世代が引き継いだ桐朋女子の伝統
■卒業式で流れたGReeeeNの
「U R not alone」で涙腺崩壊
「昨日はたくさん泣いたので、目が腫れているかも」と話す赤羽 紬さんと石黒奈菜美さん。先生方が思いを込めて選んだ卒業式のエンディング曲(GReeeeNの「U R not alone」)が流れたところで、涙腺崩壊。惜別とエールを込めた先生方のサプライズで幕を閉じた卒業式は、青春ドラマさながらの光景だったことでしょう。
「夢の中でも泣いていました」という二人の言葉に、幸せで楽しかった学校生活への思いがあふれていました。
赤羽さんは桐朋小学校から、石黒さんは桐朋幼稚園・桐朋小学校から桐朋女子へ進んだ、二人とも生粋の"桐朋っ子"です。「『体験や経験を大事にして、子どもをのびのびと育てる学校だから桐朋を選んだ』と母が教えてくれました」と、赤羽さん。数値で測る成績ではなく、勉強に、部活に、学校行事に、そしてどんなことにも全力で取り組む姿勢を評価する。それが桐朋学園の一貫した教育方針です。
赤羽さん「桐朋小学校の時から、勉強の評価を気にしたことは一切ありません。小学校の校庭には自然広場があり、私はいつでも外で遊べるように1日中体操着で過ごしていました。一生懸命遊びながら、勉強もして。小4の時に1年間だけ塾に通いましたが、塾の勉強は全然楽しくなかったんです。中学に進学する際も、桐朋女子以外の選択肢はありませんでした」
■2010年まで遡(さかのぼ)り、資料を調べた体育祭
桐朋女子中学校では、ひと学年の25%ほどが桐朋小学校からの内部進学生です。それでも内部生だけで固まることはなく、「みんなが、"桐朋生"として生きている感じがします」と二人。自由闊達(かったつ)な雰囲気が育まれており、「どんなことにも意欲的な人が多く、お互いに言いたいことを言っても感情論にならない空気がありました」。
二人が桐朋女子中学校に入学する前の2020年春、コロナ禍が始まりました。中学3年間をさまざまな制限下で過ごした、いわゆるコロナ世代です。
そんな二人に、「桐朋女子時代に、自分がいちばん頑張ったことは?」を尋ねると、生徒が主体となり準備・運営・進行を行う体育祭(5月開催)と桐朋祭(9月開催)という行事を挙げてくれました。
赤羽さんは、中1から高2まで生徒会の体育祭委員会に所属し、高2の時は体育祭委員長でした。体育祭は、歴代の卒業生が「いちばんの思い出」と口を揃えて言う、1年で最も盛り上がる伝統行事です。学年対抗の「応援交歓」や「足の歴史」「綱引き」「障害物競走」など14種目の競技があり、生徒たちはエネルギーを燃やします。その体育祭の運営・準備を担当するのが体育祭委員会。いわば縁の下の力持ちです。
赤羽さん「体育祭の運営には、代々引き継がれている超細かいルールブックがあり、それを踏まえた事前の準備が必要です。2月に役員が選挙で決定して、練習が本格化する4月初めまでには生徒に改訂したルールブックを配らなければならず、準備期間が短くて本当に大変でした」
小道具の準備から会場の設営、当日の進行も体育祭委員会の仕事。グラウンドの白線引きも中1から高3まで委員会のメンバーが総出で行いました。各チームのリレーで走る距離がきちんと同じになるように、カーブの線を引く時に円周率をしっかりと計算し測ってから位置決めをしたほど、細部にわたる綿密な準備を要しました。
赤羽さん「白線引きがいちばん難しかったかも。線を引く方向を間違えたり、ラインが1mずれてしまったり。高校生たちには中学生にもわかりやすく指示できる力が必要だし、みんなで意見を出し合いながら、指示の優先順位を決めたり工夫したり、全体の動き方を学ぶことができたのは良かったと思います。下の世代に引き継ぐ指示書の書き方も、わかりやすく要約して、図にまとめ直しました。私たちがやりきれなかったところは下の学年がまたさらに改善して。そうやって年々アップデートされていくのだと実感しました」
中1からずっと生徒会の文化祭委員会に所属していた石黒さんは、高2の時に文化祭委員長も務めました。
石黒さん「小学校時代に桐朋祭を見学に来て、すごく楽しそうと感じていたんです。でも桐朋女子で初めて経験できた文化祭は、中3の時。当時はまだコロナ禍の影響が残っていましたが、そんな中でも桐朋祭を最大限楽しもう、コミュニケーションを大切にしながらみんなで作り上げようという目標を立てました。しかし、やりたいことがたくさんあっても、学校側と交渉するたびに『実現させてあげたいけれど、感染防止の視点から難しい』と言われることもあり、そのせめぎ合いの連続でした。あの年に後夜祭ができなかったのは、今でも残念に思っていることの一つです」
桐朋祭は中3から開催できましたが、体育祭は声を出す行事のため、桐朋女子らしいパワフルな体育祭が復活したのは、二人が高校生になってから。「気づいたら自分たちが運営する番になっていて。私たちが元に戻さなければと、2010年まで遡って過去の資料を引っ張り出して確認し直しました」と、赤羽さん。
先輩たちが引き継いできた伝統を守りたい、断絶させてはいけないと、コロナ世代の生徒たちが必死に頑張って、次の世代へバトンを繋げていました。
今年、創立85年を迎える桐朋女子。誰に強制されたわけでもないけれど、生徒たちの間に脈々と桐朋愛と誇りが受け継がれているのです。
生徒一人ひとりに寄り添う進路指導
■実験と体験重視のプログラムで未来を切り拓く
2025年度の卒業生は現役で、京都大学2名を含む国公立大学12名、早慶上理34名、GMARCH48名など、高い進学実績を誇りました。
桐朋女子の教育哲学の一つである「Learning by Doing」は、アメリカの教育学者ジョン・デューイが提唱した教育理論です。「為すことによって学ぶ」と定義され定着しています。各教科で実験や体験に取り組むプログラムが工夫され、「過程に寄り添う、本物に触れる」学びを教育方針に据えています。生徒たちは恵まれた環境の中でじっくりと自らの未来を模索していきます。「自分の学びは自分で決める」自主性を養い、「個を大切にする」教育方針を貫いてきた結果として、難関国公立私立大学から医療系や芸術系まで、進学先が多様であることも同校の特徴の一つです。
赤羽さんは京都大学工学部へ、石黒さんは日本歯科大学と、共に理系に進みました。もともと「実験が好きでした」と話す二人ですが、「実験がメチャメチャ多い」という桐朋の理系教育が、近年、理系や医療系の進路を選択する生徒が増えている要因にもなっています。
桐朋女子では卒業生による講演会や大学の出張授業、大学説明会などのさまざまな機会を通して進路についての考えを深めていきます。生徒たちは、どのようにして「進路」を決めていくのでしょうか。
赤羽さんが進学した京都大学工学部は、昨年秋にノーベル化学賞を受賞した北川進先生や、リチウムイオン電池の開発功績でノーベル化学賞を受賞した吉野彰先生を輩出した学問の府。身内に京大出身者がおり、「幼い時から京大を自然と意識していた」と言います。
赤羽さん「小さい頃からレゴやパズルなどの工作が好きで、進路は直感で工学部と考えていました。桐朋女子で実験をたくさん経験したこともよかったと思います。また高2の時に、千葉大学の先進科学プログラムに参加していろいろな実験にチャレンジしたことも、サイエンスの面白さに気づけ、モチベーションにつながりました。私が選んだ理工学科は工学部の中の境界領域というか、物理化学や生物化学など、複数の分野にまたがる学問分野を学びます。生活に応用できるサイエンスを広く学べることが魅力で、高2の夏頃にはこの学科に進みたいと考えるようになりました」
石黒さんが進路を意識し始めたのは、高1からでした。
石黒さん「もともと生物が好きで、人間の身体の不思議に興味がありました。理科の授業で先生が血液の循環についてなど、身近な生活の豆知識を交えて話してくださるのが面白くて。中学の頃から解剖や実験系の授業が好きだったので、医療系の仕事をしたいとなんとなく考えていました。その中でも、看護師や薬剤師より、自分で直接治療するような仕事がしたいと考えるようになり、歯学部を選びました。
大学のオープンキャンパスで、口腔衛生の重要性を説く授業をされた先生から『親が歯医者でなくても歯医者になる人はたくさんいる』と伺い、『私もやれるかもしれない』と希望が見えた感覚があったことを記憶しています」
理系志向の素地があった石黒さんが歯学部を選ぶ決め手になったのは、実は美術の授業でした。
石黒さん「美術で石を掘って作品を作る授業があったんです。私は6種類の魚のヒレを掘ったのですが、親に初めて褒められました(笑)。歯学部は石膏で歯形模型を作りますよね。私自身は手先が器用なタイプとは思っていなかったけれど、意外にいけるかもと自信になりました」
■生徒に寄り添う進路指導はマンツーマン
桐朋女子では、半数近くの生徒が総合型選抜など、一般選抜入試以外の入試形態で進学しています。赤羽さんは京大の学校推薦型選抜、石黒さんは桐朋女子の指定校推薦を使って合格しました。
同校の進路指導は、「個に寄り添う」ことを徹底しています。生徒自身が決めた未来像を実現するために、対話を重視しながら、書類の添削、個人面談を重ね、生徒一人ひとりをサポートしていきます。
桐朋女子では、さまざまな実験や体験を重ねた学びを言語化する、「ことばの力」を育むプログラムに重きを置いています。各教科の授業でも普段からたくさんのレポートを書いています。赤羽さんも、「データや事実、参考文献に基づいて推論していく文章は、1万字でも書けるくらい、書く力を鍛えていただいた実感はある」と教えてくれました。授業のレポートを書くことは苦にならなかった二人ですが、「受験準備では、書類の作成が最も大変でした。進路指導の先生に長い時間をかけ付き合っていただき、本当に感謝しています」と話します。
赤羽さん「京大の学校推薦型選抜では、志望理由書として『学びの設計書』の提出が必要です。単に〇〇が学びたいというだけでなく、どの研究室に入りどんな研究をし、博士課程ではこのような研究をして、社会に役立つようにしたいという、人生ビジョンを描くことが必要になります。でも最初は、自分の中にある抽象的な概念をうまく言語化したり、自分の気持ちを端的にまとめたりすることができなくて。進路指導の先生に書類を添削していただくのですが、この意味は何か、なぜそう思うのかなど、一つひとつ確認しながら聞いてくださいました。その質問に答えることで自分の気持ちがどんどん明文化されていきました。だから、大学の面接で答える時も気持ちに芯があるというか、全部正直な状態で臨むことができたのは、とても大きかったと思います。進路指導の先生にはものすごく助けていただきました」
石黒さん「私も、先生からいろいろな質問をしてもらって、何度も書き直しました。それ以外にも、言葉遣いや話し方、仕草など、面接で話す内容も先生と相談しながら考えていきました。私の場合は、友達にも志望理由書を読んでもらって、『ここはこう書いたほうがいいんじゃない?』とアドバイスしてもらうなど、友達の力を借りることも多かったです。友達と進路の話をし合えるのも、桐朋女子の良さだと思います」
「個に寄り添う」教育方針を貫き、創造性と人間力を育む教育で主体的に人生を切り拓く人材を育成してきた桐朋女子。創造力あふれる卒業生たちの活躍で、早慶上理など難関私学をはじめ、音楽・美術などの芸術系から医療系まで幅広い進路選択ができる推薦枠は150校以上、人数にして850枠を超えています。
■自分らしくいられる場所、元気になれる場所
最後に、「学校生活を振り返って、自分にとって桐朋女子がどんな場所だったのか」を聞きました。
石黒さん「自分がやりたいことを頑張れる場所、自分の素を出せる場所、自分の意見をきちんと出せる環境だったと思います。委員会活動も部活も、そして行事を行う場合でも、先生方はもちろんサポートしてくださるけれど、生徒たちに主導権を委ねてもらえている感覚がありました。だからこそ、責任を持って頑張ろうと思えたんです。
楽しかったのは、八ヶ岳合宿のキャンプ実習です。私は都会育ちなので虫を見る経験もなかったし、テント泊も初めて。デジタルデトックスできたことも良かった。最初は本当に虫が嫌いで帰りたかったのですが、3日目ぐらいには気にならなくなって、東京に戻ってからも『虫、オッケー!』となりました(笑)」
赤羽さん「私はやっぱり、学校での日常、普段の日々がとても思い出深いです。いろいろな行事もすべて印象的ですが、それ以上に準備や練習に費やす時間や仲間・先生方と協力して進めていく時間が、やっていることは大変だけど楽しかったんです。受験勉強でシンドかった時も、学校に来ると元気になれる。夏休みもずっと、気づいたら学校に来ていました。私にとって桐朋女子は、元気になれる場所でした」
多感な思春期を居心地よく、何より自分らしくいられる場所で過ごせることは、生徒たちにとってこのうえない幸せです。生徒一人ひとりに寄り添い、個々の成長を支えてくれる空間がある。生徒たちにとって桐朋女子は、健康な心身を育むだけでなく、元気になれる場所となっているのです。
