【千葉県立千葉中学校】進化する公立中高一貫校 Vol.1
1878年創立の千葉県立千葉高等学校・千葉中学校(以下、県千葉)はじきに創立150周年を迎える。県下最古の歴史と屈指の進学実績を誇り、2008年の併設中設置後は6ヵ年一貫の深い学びを推し進めてきた。徹底した自律の精神と高度な授業、そして個性を尊重する独自の校風のなか、生徒たちはいかに自らの可能性を伸ばしているのか。その現場に迫る。
自分自身を語れる言葉を持つ生徒像を理想に
県千葉に今年4月に着任した増田武一郎校長は、直前まで3年間、県教育委員会で教育政策課副参事や学習指導課長を務めていた人物だ。「校長職は我孫子高校以来、3年ぶりです。行政は仕事の目線が大きく、幅広く物事を見ますが、現場に来てあらためて思うのは、教育という現象が起こっている場所は教室の他ないということ。教室での学びをどう捉えるか、という具体的な解像度がないと、いくらマクロの仕事をしても理解されない。マクロとミクロ、双方の視点を持てたのは本当に良かったと思っています」
香取市(旧・小見川町)出身の増田校長は、県東部や南部の過疎化、そして東京という巨大な磁場に人や学校が吸い寄せられていく県内の現状を、肌感覚で知悉している。
「千葉の地理的な最大の特徴は、東京の隣にある大きな半島だということです。元々生まれ育った北総地区の香取や小見川などは人口減少が著しく、同じことが南部の安房地区にも言える。半島の端から人がいなくなり、高校の存立すら危ぶまれる現実がある。最終的に倍率が出るのは東京に近い学校ばかりで、この千葉市においてすら危機感を感じることがあります」
早稲田大学大学院で中国近代におけるジャーナリズム史を修め、国語教諭として歩んできた増田校長。県下最古の歴史を誇る名門の重責を担いながらも、その語り口に気負いやためらいは一切ない。「千葉県中から優秀な生徒が集まってくる中で、自分より優れている者を見ても折り合いをつけたり、自身を許したりする過程は成長に欠かせない。その時に大事なのは親からの精神的な自立です。自分の心情をきちんと言葉にできるか、身近な大人とどんな言葉のやり取りができているかが問われています」
こうした自律心と豊かな言語能力の土台の上で、生徒たちの進路選択や挑戦の場も広がりを見せている。増田校長は満面の笑みを浮かべながら、こう明かした。「Tazaki財団をご存じですか?理事長は高卒後にイギリスに留学し、三菱や住友商事の現地法人で活躍され、その後起業してかなりの成功を収めた方なんです。この財団は年間10名程度の高2生をイギリスの寮制高校へ転学させ、現地の大学への進学も全面的にサポートしてくれる、という奨学金プログラムを運営していますが、本校の男子生徒が第9期生に選ばれ、昨年から渡英してるんですよ」
財団のサイトの選考プロセスを読むと、高1で全国の錚々たる提携校から推薦を受けた応募者がまず、国内で語学研修を受けられる20~30人まで篩ふるいにかけられる。そして、約半年間の研修を経て、現地に送られる留学奨学生が5~10人にまで絞り込まれる。増田校長自身、やはり高校の英語教師だった父親に連れられ、中学時代に2~3週間イギリスを旅した経験を持つ。
まさに〈可愛い子には旅をさせよ〉。今年4月で留学し8ヶ月になる男子生徒はサイトに留学報告書を寄せているが、そこで現地で重ねた様々な「失敗」について触れ、それが「成功の元」という意味がわかった気がすると綴る一方、人生の「どの瞬間にも失敗と成功の可能性が等しく残されている」と、若者なりの達観を示す。
「特に中学の生徒たちを見ていると無邪気な一方で、きちんと自分の言葉を持っている。理科の実験などでも口ぶりが大人っぽくて賢いんです。授業でも先回りしてノートを取ったり、大人のような言葉でやり取りしたりするから、教員側もちゃんと正対しないといけない、難しさと面白さがありますね」
この「難しさと面白さ」のせめぎ合いは公私立問わず、全国のトップ校で教鞭を執る者全員が味わう感慨だろう。そして、校長室を後にし、さっそく案内された教室で目にしたのは、まさに校長が口にした「解像度の高い」授業の光景だった。
失敗の中にこそ宿る、確かな検証への識見
最初に足を運んだのは中1の理科の実験授業だ。この日のテーマは「白い粉を加熱したときの変化を調べる」。目の前に用意されたのは、見た目では区別のつかない4種類の白い粉末(実は砂糖・食塩・片栗粉・小麦粉)だ。
水への溶け方や見た目を観察した後、燃焼さじで直接加熱したり、発生した気体を集気びんに集めて石灰水の変化を調べたりしながら、有機物と無機物の性質の違いを自力で見分けていく。
担当の藤澤隆次教諭は、昨年、〈「複合知」で問題発見・解決する能力を備えた人材の育成〉という研究テーマで、武田科学振興財団の「中学校理科教育振興助成」に採択された。藤澤教諭は実験の狙いをこう語る。「単に知識として答えを知るだけでなく、より確かさを得るにはどんな実験・検証をすべきなのか。そのプロセスを自分でつかんでほしい」
ガスバーナーに火が入り、実験室の温度がじんわり上がる。砂糖を載せたさじが熱せられ、甘く香ばしい匂いが立ち込めると、「カラメルだ!」と興奮気味に声を弾ませる生徒たち。校長が語っていた通り、議論や言葉の端々に大人びた賢さを覗かせる彼らだが、実験の現場は教科書通りにいかないドラマの連続だ。
本来は粉末を直接燃焼さじに載せて加熱すべきところ、國雲春輝君の班では、水への溶け方を調べた水溶液を燃焼さじに移し、そのまま火にかけてしまっていた。
「蒸発したと思ったら、急に燃え出して……。理科は好きなんですけど、小学校の頃に習った、水を蒸発させる手順と頭の中で混同してしまいました。焦って結果を求めすぎましたね」と苦笑交じりに反省する國雲君。異変に気づいた藤澤教諭が近づいてくる。
「水に溶かしたものを加熱するのではなく、粉末のまま加熱して、変化を確かめる実験だよ」と実験の手順を確認しつつも、頭ごなしに咎めることはない。なぜそんな顛末を迎えたのか、失敗したからこそ見えてくる道理もある。いみじくもTazaki奨学金を得た生徒も語っている。「どんな瞬間にも失敗と成功の可能性が等しく残されている」のだ。
スマートな解を出すことだけが学びではない。迷って失敗を繰り返すからこそ、そこから「なぜ?」が浮かび上がってくる。その「なぜ」を突き詰めて、通説に誤りがあれば修正していく。それが学問だ。
続いて見学したのは中学1年と3年の数学。中1を担当する西宮希教諭の教室の黒板は4つに大きく線で区切られ、当日の授業の課題がつかみやすい。この日のテーマは「文字式の利用」。歩合や百分率、利益の計算といった一見ややこしい文章題を、割合の仕組みを図や表で整理しながら一つひとつ解説していく。
途中、西宮教諭は古代ギリシャの数学者のディオファントスの墓碑の話を始めた。墓碑には「人生の1/6を少年として過ごし、さらに1/12を青年として過ごし…」と人生の軌跡が刻まれている。これらの情報をもとに計算すると彼の没年が求められるという、有名な逸話である。このエピソードは、文章に含まれる情報を文字式や方程式に置き換えて考える面白さを示すものとして知られている。
小学校では習わない方程式だが、教諭の問いかけに生徒から「あ、それYouTubeで見た!」と声が上がる一幕も。様々な名門校を取材し感じるのは、多くの生徒が好奇心に導かれ、増田校長も指摘するよう、自発的に「先回り」することだ。
かなりのピッチでプリントの練習問題を解いていくが、「手に余裕ができたら宿題を出すよ」という西宮教諭のフランクな一言に、生徒たちも苦笑しつつペンを走らせていた。
一方、中3の櫻井克柔教諭による授業では、高校数学にもつながる二次関数を扱うのに、動的数学ソフト「GeoGebra」を活用。無償提供され世界中で1億人以上のユーザーがいるとされるが、教室で使われるのを見るのは初めてだ。数字や範囲のパラメータを動かし、グラフの形や軸の位置、最大値・最小値がどう変化するのか、いわゆる「関数の挙動」を画面上で動かしながら見せていく。一方で櫻井教諭は黒板にもグラフを描き数式を記し、丁寧な解説を加える。
式を見ただけではピンと来ない関数の複雑な動きも、画面で動くグラフを見ることで直感的に理解しやすくなる。黒板に書かれた数式と、画面上でダイナミックに動くグラフ――2つの情報を巧みに行き来しながら、生徒たちは難解な二次関数の醍醐味を淀みなく会得していた。
Vol.2につづく
教育情報誌『edu Polaris(エデュポラリス)』とは?
情報誌『eduPolaris(エデュポラリス)』は、ONETES株式会社(旧・首都圏模試センター)が年3回実施する「適性ONEテスト」受検生全員に配布して、公立中高一貫校を志望する小学生と保護者をはじめ、お子さんをもつ多くのご家庭に「わが子の教育と進路を考える」うえでお役立ていただけるような入試情報・学校情報をお伝えする冊子です。一部の取り扱い書店やAmazon、楽天でも販売しています。
2021年~2025年までは、『myTYPE(マイタイプ)』という誌名で発行してきましたが、この2026年3月から会社名を「ONETES株式会社」と改めたことにともない、誌名も『eduPolaris(エデュポラリス)』と改称しました。
ひとりでも多くの「小学生以下のお子さんを持つご家庭の保護者」にご覧いただき、現在の「教育と入試の変化」を知っていただけることを願い、この度、既刊発行号をデジタルマガジン化して公開する運びとなりました。
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